2011年06月02日
「僕の気づき帖」
■決意をすると体(細胞)も覚悟を決める
先月5月から満月と新月の日に絶食(1日断食)をすることにしました。
それまでは、漫然とひと月に1回絶食をやっていたのですが、夕方になるとついついお酒を口にしてしまったりして黒星が多かったのです。が、満月・新月に行うと決めてからは白星を続けています。
さて、5月の満月の日(17日)の朝のことです。
前日の夜、寝る前に「明日は満月の日だから絶食をするぞ!」と誓って布団に入りました。
朝、目が覚めると体の感じが違うのです。
全身がビリビリして体の全細胞から気が湧き出している感じなのです。
どうして? しばらく考えてみました。
どうやら、前の夜寝る前に「明日は絶食をするぞ!」と宣言をしたので、僕が寝ている間に細胞(体)は覚悟を決め準備を進めていたようです。
今日は食べ物にありつけないことが分かっているので、体は気を引き締めて、一番効果的・効率的な行動をすでにとっていたようです。
そして、今日は6月の新月の日です。今朝もまったく同じ現象が起こりました。
先月5月から満月と新月の日に絶食(1日断食)をすることにしました。
それまでは、漫然とひと月に1回絶食をやっていたのですが、夕方になるとついついお酒を口にしてしまったりして黒星が多かったのです。が、満月・新月に行うと決めてからは白星を続けています。
さて、5月の満月の日(17日)の朝のことです。
前日の夜、寝る前に「明日は満月の日だから絶食をするぞ!」と誓って布団に入りました。
朝、目が覚めると体の感じが違うのです。
全身がビリビリして体の全細胞から気が湧き出している感じなのです。
どうして? しばらく考えてみました。
どうやら、前の夜寝る前に「明日は絶食をするぞ!」と宣言をしたので、僕が寝ている間に細胞(体)は覚悟を決め準備を進めていたようです。
今日は食べ物にありつけないことが分かっているので、体は気を引き締めて、一番効果的・効率的な行動をすでにとっていたようです。
そして、今日は6月の新月の日です。今朝もまったく同じ現象が起こりました。
2011年05月01日
「僕の気づき帖」
■食べるということ
2年前に金融恐慌がはじまり、今回の大震災で生活恐慌が始まろうとしています。
そして、その次には食糧危機がやってくることも覚悟しておかなければならないようです。
では、食べるということはどういうことなのでしょうか。
最近気づいたことですが、ヒマラヤ聖者の大師から教えを受けたマクドナルド・べイン(故人)がこんなことを云っています。
鉱物は鉱物のレベルで進化しているが、鉱物をコントロールしている存在があって鉱物を越えて進化していくことはできない。が、植物によって鉱物の枠を越えて上げられる。
植物は植物のレベルで進化しているが、植物をコントロールしている存在があって植物を越えて進化していくことはできない。が、動物によって植物の枠を越えて上げられる。
動物は動物のレベルで進化しているが、動物をコントロールしている存在があって動物を越えて進化していくことはできない。が、人間によって動物の枠を越えて上げられる、のだそうです。
こういうことに詳しい、とっても感性の研ぎ澄まされた僕の友人は、「人間は、鉱物からは純粋性というエネルギーを、植物からは生命を維持するエネルギーを、動物からは活動力というエネルギーをもらっている」と云っています。
また、別の僕の友人がとっても親しくしていた、発明の分野では著名な先生(故人)なのですが、この先生は釣りが大好きでたいへん上手かったそうです。
友人が「先生はどうしてそんなに釣りが上手いのですか?」と聞くと「魚が釣ってくれ!釣ってくれ!と云って寄ってくるんだ」と云ったそうです。
魚も意識の高い人に集まってくるようです。
人間は、鉱物(ミネラルがその代表)・植物・動物を食べることによって種類の異なる基本的なエネルギーをもらっており、それぞれは食べられることによって意識の進化が促進される。
鉱物も植物も動物も人間もみんな共生しているんだ! それぞれの意識を進化させるために!…。
2年前に金融恐慌がはじまり、今回の大震災で生活恐慌が始まろうとしています。
そして、その次には食糧危機がやってくることも覚悟しておかなければならないようです。
では、食べるということはどういうことなのでしょうか。
最近気づいたことですが、ヒマラヤ聖者の大師から教えを受けたマクドナルド・べイン(故人)がこんなことを云っています。
鉱物は鉱物のレベルで進化しているが、鉱物をコントロールしている存在があって鉱物を越えて進化していくことはできない。が、植物によって鉱物の枠を越えて上げられる。
植物は植物のレベルで進化しているが、植物をコントロールしている存在があって植物を越えて進化していくことはできない。が、動物によって植物の枠を越えて上げられる。
動物は動物のレベルで進化しているが、動物をコントロールしている存在があって動物を越えて進化していくことはできない。が、人間によって動物の枠を越えて上げられる、のだそうです。
こういうことに詳しい、とっても感性の研ぎ澄まされた僕の友人は、「人間は、鉱物からは純粋性というエネルギーを、植物からは生命を維持するエネルギーを、動物からは活動力というエネルギーをもらっている」と云っています。
また、別の僕の友人がとっても親しくしていた、発明の分野では著名な先生(故人)なのですが、この先生は釣りが大好きでたいへん上手かったそうです。
友人が「先生はどうしてそんなに釣りが上手いのですか?」と聞くと「魚が釣ってくれ!釣ってくれ!と云って寄ってくるんだ」と云ったそうです。
魚も意識の高い人に集まってくるようです。
人間は、鉱物(ミネラルがその代表)・植物・動物を食べることによって種類の異なる基本的なエネルギーをもらっており、それぞれは食べられることによって意識の進化が促進される。
鉱物も植物も動物も人間もみんな共生しているんだ! それぞれの意識を進化させるために!…。
2011年02月06日
僕の気づき帖
■家も木も空気も常に輝いている!
今朝、ひさしぶりに近くの公園に行きました。春になると桜の花がとってもきれいに咲く公園です。
さすがにこの季節は花の咲いている木はありませんでした。が、桜の枝をよくよく見ますと、小さいですが先の尖った固そうな蕾をいっぱいつけています。
そして、この冷たい朝の空気のなかでも一向に寒さを感じさせません。
むしろこの冷たさを肥やしとして、春に向けてエネルギーを取り入れているようにさえ感じられます。
ことしの春が楽しみになってきました。
今日は、この公園でバンクシア体操を行いました。
はじめは、5分間で老化をとり除く体操(3つの基本体操)をおこない、
つぎに光呼吸体操を20分間ほど行ったあとです、
なにげなく公園に面している家を見ますと、とっても輝いているのです。
木を見ますと木も輝いているのです。空気もとっても透きとおっているのです。
30分程度で空気や家や木が、見違えるほど輝きが変わるわけがありません。
そして解ったのです。
それは、僕が濁っていたのです。僕の体と心が…。
家や木や空気は、いつ、どんなときでも、常に輝いているのです。
そして教えてくれました、“君も輝いてきたよ!”と……。
どうやら、自分の輝きに応じて、家や木や空気も輝いてくれるようです。
今朝、ひさしぶりに近くの公園に行きました。春になると桜の花がとってもきれいに咲く公園です。
さすがにこの季節は花の咲いている木はありませんでした。が、桜の枝をよくよく見ますと、小さいですが先の尖った固そうな蕾をいっぱいつけています。
そして、この冷たい朝の空気のなかでも一向に寒さを感じさせません。
むしろこの冷たさを肥やしとして、春に向けてエネルギーを取り入れているようにさえ感じられます。
ことしの春が楽しみになってきました。
今日は、この公園でバンクシア体操を行いました。
はじめは、5分間で老化をとり除く体操(3つの基本体操)をおこない、
つぎに光呼吸体操を20分間ほど行ったあとです、
なにげなく公園に面している家を見ますと、とっても輝いているのです。
木を見ますと木も輝いているのです。空気もとっても透きとおっているのです。
30分程度で空気や家や木が、見違えるほど輝きが変わるわけがありません。
そして解ったのです。
それは、僕が濁っていたのです。僕の体と心が…。
家や木や空気は、いつ、どんなときでも、常に輝いているのです。
そして教えてくれました、“君も輝いてきたよ!”と……。
どうやら、自分の輝きに応じて、家や木や空気も輝いてくれるようです。
2011年02月06日
僕の
■家も木も空気も常に輝いている!
今朝、ひさしぶりに近くの公園に行きました。春になると桜の花がとってもきれいに咲く公園です。
さすがにこの季節は花の咲いている木はありませんでした。が、桜の枝をよくよく見ますと、小さいですが先の尖った固そうな蕾をいっぱいつけています。
そして、この冷たい朝の空気のなかでも一向に寒さを感じさせません。
むしろこの冷たさを肥やしとして、春に向けてエネルギーを取り入れているようにさえ感じられます。
ことしの春が楽しみになってきました。
今日は、この公園でバンクシア体操を行いました。
はじめは、5分間で老化をとり除く体操(3つの基本体操)をおこない、
つぎに光呼吸体操を20分間ほど行ったあとです、
なにげなく公園に面している家を見ますと、とっても輝いているのです。
木を見ますと木も輝いているのです。空気もとっても透きとおっているのです。
30分程度で空気や家や木が、見違えるほど輝きが変わるわけがありません。
そして解ったのです。
それは、僕が濁っていたのです。僕の体と心が…。
家や木や空気は、いつ、どんなときでも、常に輝いているのです。
そして教えてくれました、“君も輝いてきたよ!”と……。
どうやら、自分の輝きに応じて、家や木や空気も輝いてくれるようです。
今朝、ひさしぶりに近くの公園に行きました。春になると桜の花がとってもきれいに咲く公園です。
さすがにこの季節は花の咲いている木はありませんでした。が、桜の枝をよくよく見ますと、小さいですが先の尖った固そうな蕾をいっぱいつけています。
そして、この冷たい朝の空気のなかでも一向に寒さを感じさせません。
むしろこの冷たさを肥やしとして、春に向けてエネルギーを取り入れているようにさえ感じられます。
ことしの春が楽しみになってきました。
今日は、この公園でバンクシア体操を行いました。
はじめは、5分間で老化をとり除く体操(3つの基本体操)をおこない、
つぎに光呼吸体操を20分間ほど行ったあとです、
なにげなく公園に面している家を見ますと、とっても輝いているのです。
木を見ますと木も輝いているのです。空気もとっても透きとおっているのです。
30分程度で空気や家や木が、見違えるほど輝きが変わるわけがありません。
そして解ったのです。
それは、僕が濁っていたのです。僕の体と心が…。
家や木や空気は、いつ、どんなときでも、常に輝いているのです。
そして教えてくれました、“君も輝いてきたよ!”と……。
どうやら、自分の輝きに応じて、家や木や空気も輝いてくれるようです。
2011年01月11日
「僕の気づき帖」
■絶対化ヒーリング誕生の背景
もう何年になるでしょうか。少なくとも20年近くになります、“初生の光”を追いはじめてから…。
何年も何年も…、光明の光(黄金の光)? 白光? そうかな…?。
昨年の6月、はせくらみゆき さんが、絵“新生”を発表されました。
この絵は、光と多彩な色だけで描かれています。
この絵を見て、あれ!と思ったのです。
白光をはじめ多彩な光、黄金色もあるのですが、一番強いエネルギーを発しているのは、なんと絵の外の額縁あたりからやって来るのです。
何故? そして、ハッとしました。
このエネルギーを発している光こそが“初生の光”だと気づいたのです!
でも、何故見えないの?
そして、解りました。 “初生の光”は現象世界ではなく、潜象世界にあったのです!
だから、絵というこの世の現象世界には光として表せない、いや、現われてこないのです。
このことが解って、この絵を何回も何回も見ているうちに、“初生の光”とアクセスすることができるようになりました。そして、“初生の光”と同調する図形もインスピレーションで浮かんできました。
“初生の光”とアクセスできるようになって、“絶対化ヒーリング”が未完成ながら出来上がったのです。
絶対化ヒーリングの絶対は、絶対音感や絶対温度などと同じく、他と比べるものがない存在です。
絶対化ヒーリングは他と比べるものがない次元、絶対次元にアプローチしていきます。
宇宙の本質があるところです。
いま、時が猛スピードで進んでいるように感じるのは僕だけでしょうか。
3~4日前の出来事が1ヶ月以上も前のことのように感じたり、きのう新鮮味を感じていたことが今日は使い古されたもののように感じたり…。
時代がどこかに向って急いで動いている、そんな気がしてならないのです。
この時期に“絶対化ヒーリング”が出来たのは、時代が要請したのだと思うのです。
時代の要請ならば、シューベルトにならって未完成ながら一刻も早くお伝えすることにいたしました。
≪参考≫ 絶対化ヒーリングを受けた人の感想
①心身ともに軽くなった
②熱くなった
③宙に浮いたような感じだった
④スッキリした、なにかが取れたような感じ
⑤神社のような清々しさだった
⑥ある人からは、“ヒーリングをすると重苦しくどろどろしたものが出てきていたが、絶対化ヒーリングを受けたら、それは母の苦しみだと分かった。 ありがとうと言っていた”
⑦また、たびたびあっちこっちへ飛び出しておられるある人からは、“アセンション後の状態だった”
等々です。
なお、“絶対化ヒーリング”は、バンクシア・フィットネスのマスターコースにプログラムされています。
もう何年になるでしょうか。少なくとも20年近くになります、“初生の光”を追いはじめてから…。
何年も何年も…、光明の光(黄金の光)? 白光? そうかな…?。
昨年の6月、はせくらみゆき さんが、絵“新生”を発表されました。
この絵は、光と多彩な色だけで描かれています。
この絵を見て、あれ!と思ったのです。
白光をはじめ多彩な光、黄金色もあるのですが、一番強いエネルギーを発しているのは、なんと絵の外の額縁あたりからやって来るのです。
何故? そして、ハッとしました。
このエネルギーを発している光こそが“初生の光”だと気づいたのです!
でも、何故見えないの?
そして、解りました。 “初生の光”は現象世界ではなく、潜象世界にあったのです!
だから、絵というこの世の現象世界には光として表せない、いや、現われてこないのです。
このことが解って、この絵を何回も何回も見ているうちに、“初生の光”とアクセスすることができるようになりました。そして、“初生の光”と同調する図形もインスピレーションで浮かんできました。
“初生の光”とアクセスできるようになって、“絶対化ヒーリング”が未完成ながら出来上がったのです。
絶対化ヒーリングの絶対は、絶対音感や絶対温度などと同じく、他と比べるものがない存在です。
絶対化ヒーリングは他と比べるものがない次元、絶対次元にアプローチしていきます。
宇宙の本質があるところです。
いま、時が猛スピードで進んでいるように感じるのは僕だけでしょうか。
3~4日前の出来事が1ヶ月以上も前のことのように感じたり、きのう新鮮味を感じていたことが今日は使い古されたもののように感じたり…。
時代がどこかに向って急いで動いている、そんな気がしてならないのです。
この時期に“絶対化ヒーリング”が出来たのは、時代が要請したのだと思うのです。
時代の要請ならば、シューベルトにならって未完成ながら一刻も早くお伝えすることにいたしました。
≪参考≫ 絶対化ヒーリングを受けた人の感想
①心身ともに軽くなった
②熱くなった
③宙に浮いたような感じだった
④スッキリした、なにかが取れたような感じ
⑤神社のような清々しさだった
⑥ある人からは、“ヒーリングをすると重苦しくどろどろしたものが出てきていたが、絶対化ヒーリングを受けたら、それは母の苦しみだと分かった。 ありがとうと言っていた”
⑦また、たびたびあっちこっちへ飛び出しておられるある人からは、“アセンション後の状態だった”
等々です。
なお、“絶対化ヒーリング”は、バンクシア・フィットネスのマスターコースにプログラムされています。
2010年11月10日
「僕の気づき帖」
■“気”と“美”
先日、愛妻との記念日に山陰(島根県)へ行きました。
横山大観の絵を見たかったので足立美術館へ、そして美しい夕日としじみの味噌汁を味わいたかったので宍道湖へ、そして八百万の神々を集めてしまう出雲大社をまわってきました。
足立美術館に入ると、なんと10年に一度おこなう横山大観展をやっていて、館内の絵はすべて横山大観のものばかりです。もちろん僕は大満足でした。
が、この館内に展示されていた陶器に、なんとなく目が惹かれました。
主に料理用の小鉢・大鉢、小皿・中皿、徳利、お猪口、湯呑み茶碗、そして花瓶です。
ひとつひとつ見ているうちに「この皿には魚料理を盛り付けして出して欲しいな。この大鉢にはそうめんを入れて、そのうえに氷を載せて出して欲しいな。」など、勝手に思いを巡らせながら、ひとときを楽しませてもらいました。
作った人のこころが伝わってくるようです。そして、とっても美しく感じるのです。
これらの陶器は、書家でもあり陶芸家でもある“魯山人(ろさんじん)”の作品です。
いつもセミナーで富士山を例にとって、“美しい”ものからはエネルギー順位の高い気が出ていることを体験し確認してもらっていますが、人工のものでも“美しい”ものからはエネルギー順位の高い気が出ているのです。
横山大観は、こう言っています。
「冨士の名画というものは、昔からあまりない。それは形ばかりうつすからだ。
…冨士を描くということは、富士に移る自分の心を描くことだ、心とは、ひっきょう人格 にほかならぬ。それはまた気品であり、気はくである。冨士を描くということは、つまり 己を描くことである。(中略)
冨士の美しさは季節も時間もえらばぬ。春夏秋冬、朝昼晩、冨士はその時々で姿を変える が、しかし、いついかなる時でも美しい。いわば無窮(無限のこと)の姿だからだ。
私の芸術もその無窮を追う。」
また、魯山人は、こう言っています。
「美の根源は、自然界が教師であり、お手本であるから、自然界そのものの美の姿に目も心 も奪われるようにまず自分を養うことである」
「自然と人工の美から美術眼を高めよ」
「陶器をつくる前にまず、人間をつくることである、名器は名人から生まれる」
しかと、心得ておきましょう。
そして、気の使い手は、日常的に“美しい”ものに意識を向けておくことが達人の条件のようです…。
“気は、意識を向けたところと共振共鳴するからです。”
先日、愛妻との記念日に山陰(島根県)へ行きました。
横山大観の絵を見たかったので足立美術館へ、そして美しい夕日としじみの味噌汁を味わいたかったので宍道湖へ、そして八百万の神々を集めてしまう出雲大社をまわってきました。
足立美術館に入ると、なんと10年に一度おこなう横山大観展をやっていて、館内の絵はすべて横山大観のものばかりです。もちろん僕は大満足でした。
が、この館内に展示されていた陶器に、なんとなく目が惹かれました。
主に料理用の小鉢・大鉢、小皿・中皿、徳利、お猪口、湯呑み茶碗、そして花瓶です。
ひとつひとつ見ているうちに「この皿には魚料理を盛り付けして出して欲しいな。この大鉢にはそうめんを入れて、そのうえに氷を載せて出して欲しいな。」など、勝手に思いを巡らせながら、ひとときを楽しませてもらいました。
作った人のこころが伝わってくるようです。そして、とっても美しく感じるのです。
これらの陶器は、書家でもあり陶芸家でもある“魯山人(ろさんじん)”の作品です。
いつもセミナーで富士山を例にとって、“美しい”ものからはエネルギー順位の高い気が出ていることを体験し確認してもらっていますが、人工のものでも“美しい”ものからはエネルギー順位の高い気が出ているのです。
横山大観は、こう言っています。
「冨士の名画というものは、昔からあまりない。それは形ばかりうつすからだ。
…冨士を描くということは、富士に移る自分の心を描くことだ、心とは、ひっきょう人格 にほかならぬ。それはまた気品であり、気はくである。冨士を描くということは、つまり 己を描くことである。(中略)
冨士の美しさは季節も時間もえらばぬ。春夏秋冬、朝昼晩、冨士はその時々で姿を変える が、しかし、いついかなる時でも美しい。いわば無窮(無限のこと)の姿だからだ。
私の芸術もその無窮を追う。」
また、魯山人は、こう言っています。
「美の根源は、自然界が教師であり、お手本であるから、自然界そのものの美の姿に目も心 も奪われるようにまず自分を養うことである」
「自然と人工の美から美術眼を高めよ」
「陶器をつくる前にまず、人間をつくることである、名器は名人から生まれる」
しかと、心得ておきましょう。
そして、気の使い手は、日常的に“美しい”ものに意識を向けておくことが達人の条件のようです…。
“気は、意識を向けたところと共振共鳴するからです。”
2010年10月21日
「僕の気づき帖」
■“でっちり、でっぱら、は~とむね”…?
先日、家内に、「裏の道が汚れているので掃除をしておいて欲しい」と言われたので、裏に行ってみました。
柿やビワの落ち葉や公園から飛んできた落ち葉、道端に生えている雑草、雨水が運んできた泥などで、相当乱れていました。
まず草をひいてから箒で掃きはじめたのですが、甘く見ていたせいか腰が痛くなってきました。
“これは本腰を入れてやらんといかん!”と思って、仙骨を立て(腰を入れること)肩甲骨を寄せて本気でやりはじめました。
しばらく続けていますと、ふと、小さかった子供のころが甦ってきました。僕がまだ小学生になったかその前ぐらいの頃です。
母が外を歩く時、僕の手をつないで、“でっちり、でっぱら、は~とむね”と唄いながら、よく歩いていました。
「どういうこと?」とたずねると、母は「女の人は、お尻とお腹と胸が出っ張っているのが良いのよ」というのです。
そういうものなのかと思いながら母と手をつないで唄いながら歩いていました。
大人になってからは、この歌は、少し昔の日本女性が感じていた、女性の美しい姿を歌ったものなのだろうと思っていたのですが、今、この歌を唄いながら掃除をしてみると、どうやらもっともっと奥に深いものがあるようです。
母の若い頃は、家事作業をする時も着物をよく着ていました。毎日のハタキがけや雑巾がけなどの掃除のときは、しっかり帯を締めタスキをかけて日本手拭でホオカムリという姿です。
じつは、この姿・身なりにすごいものが隠されていたようです。
しっかり帯を締めることによって、腹圧がかかり、お腹が前に張り出します。同時に、お尻は逆に後ろに突き出ます(でっちり、でっぱら)。このとき、仙骨が立った状態、腰が入った姿勢になるのです。
さらに、タスキをかけることによって、肩が下がったまま肩甲骨が寄って、胸が張り出します(は~とむね)。
このとき、背骨は真っ直ぐになっていて呼吸はしやすく、重心も丹田に落着いています。
この姿勢になると自然に、①“気”の通りが良く、②身体も心も落着き、③疲れにくい身体になって、④見た目にも美しく、存在感すら現われています。
こんなことが、この歌を唄いながら掃除をしてみて、しみじみと気づいたのです。
“でっちり、でっぱら、は~とむね”は、じつは“出尻、出腹、鳩胸”のことで、理想的な姿勢をつくるための
「唄い言葉」だったのです。
おふくろ!昔の智恵をありがとう!
先日、家内に、「裏の道が汚れているので掃除をしておいて欲しい」と言われたので、裏に行ってみました。
柿やビワの落ち葉や公園から飛んできた落ち葉、道端に生えている雑草、雨水が運んできた泥などで、相当乱れていました。
まず草をひいてから箒で掃きはじめたのですが、甘く見ていたせいか腰が痛くなってきました。
“これは本腰を入れてやらんといかん!”と思って、仙骨を立て(腰を入れること)肩甲骨を寄せて本気でやりはじめました。
しばらく続けていますと、ふと、小さかった子供のころが甦ってきました。僕がまだ小学生になったかその前ぐらいの頃です。
母が外を歩く時、僕の手をつないで、“でっちり、でっぱら、は~とむね”と唄いながら、よく歩いていました。
「どういうこと?」とたずねると、母は「女の人は、お尻とお腹と胸が出っ張っているのが良いのよ」というのです。
そういうものなのかと思いながら母と手をつないで唄いながら歩いていました。
大人になってからは、この歌は、少し昔の日本女性が感じていた、女性の美しい姿を歌ったものなのだろうと思っていたのですが、今、この歌を唄いながら掃除をしてみると、どうやらもっともっと奥に深いものがあるようです。
母の若い頃は、家事作業をする時も着物をよく着ていました。毎日のハタキがけや雑巾がけなどの掃除のときは、しっかり帯を締めタスキをかけて日本手拭でホオカムリという姿です。
じつは、この姿・身なりにすごいものが隠されていたようです。
しっかり帯を締めることによって、腹圧がかかり、お腹が前に張り出します。同時に、お尻は逆に後ろに突き出ます(でっちり、でっぱら)。このとき、仙骨が立った状態、腰が入った姿勢になるのです。
さらに、タスキをかけることによって、肩が下がったまま肩甲骨が寄って、胸が張り出します(は~とむね)。
このとき、背骨は真っ直ぐになっていて呼吸はしやすく、重心も丹田に落着いています。
この姿勢になると自然に、①“気”の通りが良く、②身体も心も落着き、③疲れにくい身体になって、④見た目にも美しく、存在感すら現われています。
こんなことが、この歌を唄いながら掃除をしてみて、しみじみと気づいたのです。
“でっちり、でっぱら、は~とむね”は、じつは“出尻、出腹、鳩胸”のことで、理想的な姿勢をつくるための
「唄い言葉」だったのです。
おふくろ!昔の智恵をありがとう!
2010年09月28日
「僕の気づき帖」
■天の“気”を使うと天候も変わる
今年の夏から秋への変化は、お彼岸と同時に一気にやってきました。思い返せば、梅雨明けも前日のゲリラ豪雨が上がった途端に猛暑に入りました。自然は、見事なコントラストで我々を楽しませてくれています。
いつもながら感謝!感謝!です。
さて、僕は毎朝、“天の光を借りて身体を清める作法(光一体化法…アドバンス・コースでお伝えしています)”をやっているのですが、先日の朝、ちょうど激しい雨音がしてきた時に、光一体化法をはじめました。その途端、雨音が小さな音になり穏やかな雨に変わりました。
それも、どうやら我が家の敷地内だけらしいのです。
そこで、確かめるように我が家と裏の公園と向こう三軒両隣、そして隣組十五軒の範囲に設定して光一体化法を行ってみますと、さらに雨音が静かになったのです。
どうやら、その場の振動数が変化し、雨もその振動数に同調してくれたようです。
もしそうなら、これと反対のことは起らないのか……。
どうぞ、みなさんも確かめてみてください。
今年の夏から秋への変化は、お彼岸と同時に一気にやってきました。思い返せば、梅雨明けも前日のゲリラ豪雨が上がった途端に猛暑に入りました。自然は、見事なコントラストで我々を楽しませてくれています。
いつもながら感謝!感謝!です。
さて、僕は毎朝、“天の光を借りて身体を清める作法(光一体化法…アドバンス・コースでお伝えしています)”をやっているのですが、先日の朝、ちょうど激しい雨音がしてきた時に、光一体化法をはじめました。その途端、雨音が小さな音になり穏やかな雨に変わりました。
それも、どうやら我が家の敷地内だけらしいのです。
そこで、確かめるように我が家と裏の公園と向こう三軒両隣、そして隣組十五軒の範囲に設定して光一体化法を行ってみますと、さらに雨音が静かになったのです。
どうやら、その場の振動数が変化し、雨もその振動数に同調してくれたようです。
もしそうなら、これと反対のことは起らないのか……。
どうぞ、みなさんも確かめてみてください。
2010年09月11日
「僕の気づき帖」
■“もっと自分を信じなさい!”
一月ほど前になりますが、天橋立へ行きました。はじめての天橋立です。
股くぐりで見る景色は天下一品とずっと以前から聞いていましたが、まさに絶景です。
普通に立って見る景色とはまるで違うのです。
幻想的な日本画の中にすっぽり入り込んでしまい、船や自動車が動いていることに違和感さえ感じるのです。しかし、天女が舞い降りて来たとしても全く違和感はありません。
そんな世界を醸し出してくれていました。
さて、じつはその翌朝のこと、泊まったホテルがリゾートホテルだったのでテニスコートがありました。
娘がテニスをしようというので、朝の6時にテニスコートに行き、準備体操もせずにいきなりプレイを始めて間もなく、娘の勢いのある玉を打ち返そうとして右足を踏み込んだ刹那、右足のフクラハギがグシャ!と音を立てたのと同時に激痛が走りました。
大急ぎでストレッチをし、近くのベンチに両足を乗せて複式呼吸をし、気を流していきました。
いつもなら、足がつったり痛みが出た場合でも、この程度のエクササイズでもとに戻るのですが、今回は様子が違うのです。痛みがまったく取れません。
100m先のホテルに戻るのに30分もかかったのです。
車の運転も出来ず、この日は家内が運転をし、僕は助手席でおとなしく座っているばかりでした。
我が家に帰るなり、痛みを騙しながら「痛み・歪みを解消するエクササイズ」6つと両足上げリラックスを40分、片足上げストレッチを1時間行って寝ました。
翌日は痛みはありますが壁をつたってなんとか部屋の中を歩くことは出来るようになりましたが、娘が「病院へ行け!病院へ行け!」とやかましくせきたてますので、今の体の状態(肉離れなのか筋を痛めたのか)を確認しておくことも必要かと思い家内の運転で外科病院に行きました。
あいにく病院はお盆休みで休診でしたが、何故かホッとした僕がいました。
2日後には法事で横浜に行かなくてはなりません。その次の日は六甲(神戸)で健・幸創造クラブのお世話、その翌日からはバンクシア・フィットネスのアドバンスコースがTHD京都本社であります。
“何故この時期にケガをし、何故病院が休みで、それなのに何故ホッとしているのか?”この日はこのことを、考えて考えて考えてみました。
すると、だんだん見えてきたものがあります。
それは、“もっと自分を信じなさい!”という内なる声のようなものでした。
その日とその翌日、バンクシア・フィットネス(一体化ヒーリングを含め)+αを数時間夢中で行いました。
そして、二日後の横浜での法事、健・幸創造クラブのお世話、THD京都本社でのアドバンス・コースもいつもと変わりなく楽しくやっている自分がいました。 感謝!感謝!感謝!
“自分を信じきること”がなににも優る名医だったのです!。
“気の性質”の一つに“気は意識と共振共鳴する”があります。
“自分を信じきったとき、気が動き始め、自然治癒力にスイッチが入った”ようです…。
一月ほど前になりますが、天橋立へ行きました。はじめての天橋立です。
股くぐりで見る景色は天下一品とずっと以前から聞いていましたが、まさに絶景です。
普通に立って見る景色とはまるで違うのです。
幻想的な日本画の中にすっぽり入り込んでしまい、船や自動車が動いていることに違和感さえ感じるのです。しかし、天女が舞い降りて来たとしても全く違和感はありません。
そんな世界を醸し出してくれていました。
さて、じつはその翌朝のこと、泊まったホテルがリゾートホテルだったのでテニスコートがありました。
娘がテニスをしようというので、朝の6時にテニスコートに行き、準備体操もせずにいきなりプレイを始めて間もなく、娘の勢いのある玉を打ち返そうとして右足を踏み込んだ刹那、右足のフクラハギがグシャ!と音を立てたのと同時に激痛が走りました。
大急ぎでストレッチをし、近くのベンチに両足を乗せて複式呼吸をし、気を流していきました。
いつもなら、足がつったり痛みが出た場合でも、この程度のエクササイズでもとに戻るのですが、今回は様子が違うのです。痛みがまったく取れません。
100m先のホテルに戻るのに30分もかかったのです。
車の運転も出来ず、この日は家内が運転をし、僕は助手席でおとなしく座っているばかりでした。
我が家に帰るなり、痛みを騙しながら「痛み・歪みを解消するエクササイズ」6つと両足上げリラックスを40分、片足上げストレッチを1時間行って寝ました。
翌日は痛みはありますが壁をつたってなんとか部屋の中を歩くことは出来るようになりましたが、娘が「病院へ行け!病院へ行け!」とやかましくせきたてますので、今の体の状態(肉離れなのか筋を痛めたのか)を確認しておくことも必要かと思い家内の運転で外科病院に行きました。
あいにく病院はお盆休みで休診でしたが、何故かホッとした僕がいました。
2日後には法事で横浜に行かなくてはなりません。その次の日は六甲(神戸)で健・幸創造クラブのお世話、その翌日からはバンクシア・フィットネスのアドバンスコースがTHD京都本社であります。
“何故この時期にケガをし、何故病院が休みで、それなのに何故ホッとしているのか?”この日はこのことを、考えて考えて考えてみました。
すると、だんだん見えてきたものがあります。
それは、“もっと自分を信じなさい!”という内なる声のようなものでした。
その日とその翌日、バンクシア・フィットネス(一体化ヒーリングを含め)+αを数時間夢中で行いました。
そして、二日後の横浜での法事、健・幸創造クラブのお世話、THD京都本社でのアドバンス・コースもいつもと変わりなく楽しくやっている自分がいました。 感謝!感謝!感謝!
“自分を信じきること”がなににも優る名医だったのです!。
“気の性質”の一つに“気は意識と共振共鳴する”があります。
“自分を信じきったとき、気が動き始め、自然治癒力にスイッチが入った”ようです…。
2010年08月25日
「僕の気づき帖」
■“大好き”という言葉
例年以上に暑い夏が続いていますが、お元気にお暮らしのことと思います。
つい先日、立山に行ってきました。チャレンジPPKクラブの8月例会です。
何も考えずに“ぼ~”っとすることが目的でしたので、眺めの良いテラスを陣取り、おしゃべりをしながら清々しい山々・青空・雲・月を眺め、好きなお酒とコーヒーを飲んで過ごしました。
翌朝は澄み渡って雲ひとつありません。立山連峰が眼前に聳え立ちます。山荘を出て近くを散策していますと、石ころ(岩?)だらけの雑草の中に溶け込むように咲いているブルー色の花に惹かれました。
高山植物って地を這うように咲いている花が多いのに、この花は比較的背が高いのです。
近づいてみますと、その花の周りには、澄んだ空気が漂い、その中に凛として咲いています。まるで、立山の気と一体化しているようでした。
花の名は“ミヤマトリカブト”なのだそうです…。
さて、“大好き”という言葉ですが、以前よく使っていたのですが最近またよく使うようになりました。
この言葉を使って筋力テストをしますと、とっても強くなります。
言霊として繰り返し使っていますと響きが出てきます。
気にいった言葉が見つかると言霊として使ってみるのですが、どれも響きが出てきて、しかも響く場所が違うのです。
“大好き”という言葉は“右脳と左脳が同時に響く”のです。
僕の知っている限りでは、①TM瞑想でフライイング(空中に飛び上がっている状態)している時に右脳・左脳の脳波が同調している。②ヘミシングで体外離脱する寸前に右脳・左脳の脳波が同調しているようです。
こうして考えてみると、“大好き”という言葉は、意識を異次元に導いてくれる言葉なのかも知れません。
“気”は言葉と共振・共鳴する! 早速、試してみてください。
例年以上に暑い夏が続いていますが、お元気にお暮らしのことと思います。
つい先日、立山に行ってきました。チャレンジPPKクラブの8月例会です。
何も考えずに“ぼ~”っとすることが目的でしたので、眺めの良いテラスを陣取り、おしゃべりをしながら清々しい山々・青空・雲・月を眺め、好きなお酒とコーヒーを飲んで過ごしました。
翌朝は澄み渡って雲ひとつありません。立山連峰が眼前に聳え立ちます。山荘を出て近くを散策していますと、石ころ(岩?)だらけの雑草の中に溶け込むように咲いているブルー色の花に惹かれました。
高山植物って地を這うように咲いている花が多いのに、この花は比較的背が高いのです。
近づいてみますと、その花の周りには、澄んだ空気が漂い、その中に凛として咲いています。まるで、立山の気と一体化しているようでした。
花の名は“ミヤマトリカブト”なのだそうです…。
さて、“大好き”という言葉ですが、以前よく使っていたのですが最近またよく使うようになりました。
この言葉を使って筋力テストをしますと、とっても強くなります。
言霊として繰り返し使っていますと響きが出てきます。
気にいった言葉が見つかると言霊として使ってみるのですが、どれも響きが出てきて、しかも響く場所が違うのです。
“大好き”という言葉は“右脳と左脳が同時に響く”のです。
僕の知っている限りでは、①TM瞑想でフライイング(空中に飛び上がっている状態)している時に右脳・左脳の脳波が同調している。②ヘミシングで体外離脱する寸前に右脳・左脳の脳波が同調しているようです。
こうして考えてみると、“大好き”という言葉は、意識を異次元に導いてくれる言葉なのかも知れません。
“気”は言葉と共振・共鳴する! 早速、試してみてください。
2010年08月13日
「僕の気づき帖」
■スムージング現象
暑い暑いお盆のさなかに台風がやって来てくれて、おかげで一息つけました。
お元気にお暮らしのことと思います。
一昨日、天橋立へ行っておりました。はじめての天橋立です。股くぐりで見る景色は天下一品とずっと以前から聞いていましたが、まさに絶景です。
普通に立って見る景色とはまるで違うのです。幻想的な日本画の中にすっぽり入り込んでしまい、船や自動車が動いていることに違和感を感じるのです。逆に、天女が舞い降りて来たとしても、まったく違和感はありません。そんな世界を醸し出してくれていました。
さて、以前(昨年8月)、“全てのチャクラが開きました”と宣言して、身体を脱力して、三重県の赤目48滝の渓流を歩いたら、マイナスイオンがもろに入って来るようで、とっても気持ちが良かったのです。
それを思い出し、先日、東京でホテルを出る時に、これを宣言してからTHDのセミナールームに向ったら、全ての信号が青。そして、ポリボックスと公衆トイレの間にとってもきれいな青色の紫陽花にまで出会えました。
シンクロニシティやセレンディビティが起りスムージング現象に繋がったようです。
出来るだけ多くの機会を捉えて“「全てのチャクラが開きました」と宣言して行動する”ことが肝要かと…。
暑い暑いお盆のさなかに台風がやって来てくれて、おかげで一息つけました。
お元気にお暮らしのことと思います。
一昨日、天橋立へ行っておりました。はじめての天橋立です。股くぐりで見る景色は天下一品とずっと以前から聞いていましたが、まさに絶景です。
普通に立って見る景色とはまるで違うのです。幻想的な日本画の中にすっぽり入り込んでしまい、船や自動車が動いていることに違和感を感じるのです。逆に、天女が舞い降りて来たとしても、まったく違和感はありません。そんな世界を醸し出してくれていました。
さて、以前(昨年8月)、“全てのチャクラが開きました”と宣言して、身体を脱力して、三重県の赤目48滝の渓流を歩いたら、マイナスイオンがもろに入って来るようで、とっても気持ちが良かったのです。
それを思い出し、先日、東京でホテルを出る時に、これを宣言してからTHDのセミナールームに向ったら、全ての信号が青。そして、ポリボックスと公衆トイレの間にとってもきれいな青色の紫陽花にまで出会えました。
シンクロニシティやセレンディビティが起りスムージング現象に繋がったようです。
出来るだけ多くの機会を捉えて“「全てのチャクラが開きました」と宣言して行動する”ことが肝要かと…。
2010年08月01日
「僕の気づき帖」
■アセンション
こんにちは、お元気にお暮らしのことと思います。
とっても酷しい暑さが続いています。この暑さの中で、むくげ・さるすべり・カンナがエネ ルギッシュに咲いています。
なかでも“むくげ”は白い花の木と柴の花の木がありますが、近所のお宅の垣根の角にあ る“むくげ”は、木はさほど大きくはないのですが薄紫の大輪の花をつけています。
この暑さの中にあっても涼しさを感じさせる気品と清楚さがなんともいえません。
夏の楽しみの一つです。
さて、アセンションなのですが
「当たり前のことを当たり前にやっていれば、気がついたときにはアセンションしていた」
というのが僕の感じ方です。
アセンションは次元が上昇することだと言われています。
“間もなく地球はアセンションします”ということをときどき耳にします。
次元が上がるということは、振動数が増えることだそうです。
全ての存在は振動していて、それぞれ固有の振動数を持っているそうです。地球も我々も 犬も猫も樹木も花も全てが振動している。
そして地球の振動数が増えるということは、ピアノでいうならば、同じ“ド”の音であっ ても1オクターブ高い“ド”の音になるのと似ています。
地球の音がオクターブ高くなれば、地球と共に生存している人間を含め全ての存在に影響 が出てくるのは自明の理です。
心が爽やかな時や穏やかな時は、振動は細やかで振動数は多いのだそうです。
これが分かってくると、どうしたら良いのかが見えてきます。
笑顔、イキイキワクワクする思いと言葉と行動、美しいものを観る(山・富士山・花・絵・写真 etc)、心に響く本や詩、気が入って来る体操や深呼吸や瞑想、身も心も洗われるエネルギ ー順位の最も高い気との触れ合い…etc
「当り前のことを当り前にやっていれば、気がついたらアセンションしていた」
そんなことを、バンクシア・フィットネスは気づかせてくれます…。
こんにちは、お元気にお暮らしのことと思います。
とっても酷しい暑さが続いています。この暑さの中で、むくげ・さるすべり・カンナがエネ ルギッシュに咲いています。
なかでも“むくげ”は白い花の木と柴の花の木がありますが、近所のお宅の垣根の角にあ る“むくげ”は、木はさほど大きくはないのですが薄紫の大輪の花をつけています。
この暑さの中にあっても涼しさを感じさせる気品と清楚さがなんともいえません。
夏の楽しみの一つです。
さて、アセンションなのですが
「当たり前のことを当たり前にやっていれば、気がついたときにはアセンションしていた」
というのが僕の感じ方です。
アセンションは次元が上昇することだと言われています。
“間もなく地球はアセンションします”ということをときどき耳にします。
次元が上がるということは、振動数が増えることだそうです。
全ての存在は振動していて、それぞれ固有の振動数を持っているそうです。地球も我々も 犬も猫も樹木も花も全てが振動している。
そして地球の振動数が増えるということは、ピアノでいうならば、同じ“ド”の音であっ ても1オクターブ高い“ド”の音になるのと似ています。
地球の音がオクターブ高くなれば、地球と共に生存している人間を含め全ての存在に影響 が出てくるのは自明の理です。
心が爽やかな時や穏やかな時は、振動は細やかで振動数は多いのだそうです。
これが分かってくると、どうしたら良いのかが見えてきます。
笑顔、イキイキワクワクする思いと言葉と行動、美しいものを観る(山・富士山・花・絵・写真 etc)、心に響く本や詩、気が入って来る体操や深呼吸や瞑想、身も心も洗われるエネルギ ー順位の最も高い気との触れ合い…etc
「当り前のことを当り前にやっていれば、気がついたらアセンションしていた」
そんなことを、バンクシア・フィットネスは気づかせてくれます…。
2010年07月20日
僕の気づき帖
■一体化呼吸法
以前から不思議に思っていたのですが、深呼吸をしているとき、吐いているにもかか わらず気(エネルギー)が入って来るのを感じていたのです。
今日分かりました。
息を吐く時は、同時に“天の気”が入って来ていたのです。息を吸うときは天の気と 同時に“地の気”が入って来ていたのです。
これを意識して光一体化法と併せて行いますと、4~5分行うだけで、頭がスッキ リ、体は軽やか、目もクリアになっていました。
★(やり方)座ったままでHAの呼吸法の姿勢で行う。
光一体化法 → 吸う(7カウント)…天の光が丹田まで・地の光りも丹田まで → 止める (7カウント)…丹田から光りが全身に広がる → 吐く(7カウント)…同時に天の気が はいってくる → 止める(7カウント)…宇宙の中心・地球の中心が光り輝く
これを繰り返していきます。
慣れてきますと気持ちよくできるようになります。
以前から不思議に思っていたのですが、深呼吸をしているとき、吐いているにもかか わらず気(エネルギー)が入って来るのを感じていたのです。
今日分かりました。
息を吐く時は、同時に“天の気”が入って来ていたのです。息を吸うときは天の気と 同時に“地の気”が入って来ていたのです。
これを意識して光一体化法と併せて行いますと、4~5分行うだけで、頭がスッキ リ、体は軽やか、目もクリアになっていました。
★(やり方)座ったままでHAの呼吸法の姿勢で行う。
光一体化法 → 吸う(7カウント)…天の光が丹田まで・地の光りも丹田まで → 止める (7カウント)…丹田から光りが全身に広がる → 吐く(7カウント)…同時に天の気が はいってくる → 止める(7カウント)…宇宙の中心・地球の中心が光り輝く
これを繰り返していきます。
慣れてきますと気持ちよくできるようになります。
2010年07月14日
「僕の気づき帖」はじめのご挨拶に代えて…
こんにちは、芳野武人です。
“心と体と宇宙を結ぶフィットネス”→“バンクシア・フィットネス”の講師(コーチ)をしております。
今日からブログを始めさせて頂きますので、どうぞ、よろしくお願いします。
今日は初日ですので、少し長くなりますがご辛抱ください。
このブログは、バンクシア・フィットネスを受講された方に、気づいたことを出来るだけ早くお伝えしようと思って始めました。何故って、“気づき”にも賞味期限があることに気づいたからです。早ければ早いほど伝わるエネルギーも新鮮なようです。
言わば“僕の気づき帖”とでも思っていただいて、バンクシア・フィットネスを受けておられない方も気楽にお付き合いください。
僕はバンクシア・フィットネスのコーチをしていますが、主に“気”の分野を担当しています。
「え!フィットネスなのに、何で気なのだ! フィットネスというのは健康増進のために体操をするのではないのか!」という声が聞こえて来そうです。
そのとおりなのですが、体操にはエネルギーを消耗する体操と、エネルギーを取り入れる体操があるのをご存知ですか。前者は体操をすると疲れるのに後者は元気になるのです。このエネルギーこそが“気”なのです。バンクシア・フィットネスでは消耗するエネルギーより取り入れるエネルギーが多い体操ばかりを選んでお伝えしています。
“気”は体にアプローチして体からも繋がっていきますが、心にアプローチし宇宙の波動に共鳴しますと簡単に繋がっていきます。
体に“気”がみなぎって来ますと心も落ち着いてきます。そこで、呼吸法や瞑想をやりながら心にアプローチすると、不安のない心の状態が養成されます。
このような体と心の状態を養成しながら、エネルギー順位の最も高い“気”と結びついて“一体化ヒーリング”を行っていきますと、心と体と自分の本体(魂)、自・他、そして宇宙との一体化が養成され、本来の自分を生きていく道に入っていきます。
心と体と魂、そして宇宙を結ぶ大切なエネルギーを古今東西“気”と呼んでいます。
“気”を扱うことは決して難しいことではありません。
何でもそうですが、コツがあります。“気”を扱うにもコツがあります。それは、
①“気”の性質(特質)を知ることが近道です。
②同じ方向性を目指す仲間を作ることです → 共時性(シンクロニシティ)が高まります。
③時代が気を認識したことに気づくことです → 以前出来なかったことが簡単に出来ます。
④楽しみながらやることです。
“エネルギー順位の高い気”は心と身体を自分の本質につなげてくれます。そして、宇宙の根源に繋がっていきます。
これらのことを通して、バンクシア・フィットネスでは、“本来の自分で普段の生活をする”ことが最大のテーマです。同時に時代の要請でもあると感じております。
副産物として、体と心の姿勢が良くなった、存在感が出てきた、いつの間にか気の達人になっていた自分に気づきます。
バンクシア・フィットネスにつきましては、ホームページ(http://www.banksia.co.jp/bf/bf.html)をご覧ください。
また、「気の達人になるコツ」については、㈱トータルヘルスデザイン発行の本(バンクシア・ブックス)、タイトルは長いですが、
“あなたも気の達人になれる バンクシア・フィットネス くらしに活かす心と体の使い方”
のP.39~50ページをお読みください。
㈱トータルヘルスデザインのホームページは、http://www.thd-web.jp/となっております。
今日は、はじめの日ですので長くなりましたが、これからのスタンスとしては、“気づいたことを出来るだけ早くお伝えする”ことを心掛けますので、不定期になります。また、一行だけの日もあるかと思いますが、どうぞお付き合いください。
話は変わりますが、三年ほど前、親しくしている小料理屋の女将から「文集を作るので寄稿してくれないか」と云われて、思いつくままに綴ってみました。綴り終わって読み返してみたら、僕の半生の人生観のようなものになっていました。プロフィール代わりに付けておきますので、よろしかったらご一読ください。
最近、感じること、……あるがまま、なるがまま……
ほっぽうさんに「文集に投稿してください」と云われて、あらためて過去を振り返ってみました。そして思いつくままに、印象として浮かび上がってくるものを綴ってみますので、しばらくお付き合いください。
僕は子供のころ身体が弱くて、小学校六年生(12歳)のとき、肺門リンパ腺結核になり半年間休学しました。そしてその間、運動することも禁止され、当時としては一番つらい、外へ出て遊ぶことを禁止されたわけです。しかし、正々堂々と学校を休んでいられるという喜びで、嬉しくて嬉しくてしかたがありません。そして、母を騙しては外に行って、野球をしたり相撲をしたりして遊んでいました。
また、薬を飲むのが嫌いだった僕は、そっと隠れて薬を半分ほど捨てていたんです。にもかかわらず、病気がどんどん治っていくのを不思議に感じていました。
当時、身体の弱かった僕のことが、母は心配で心配でしょうがなかったのでしょう。受験地獄を避ける為か、母は僕を中・高・大学の揃っているミッションスクールに進学させたのです。
中学では毎日40~50分の礼拝があり、部長先生・聖書担当の先生・ゲストの先生や牧師さん達の説教を聞かされます。聖書や聖書観に基づく神の話が多くて辟易としておりました。ある日、ゲストで来られた先生が“私は60歳を過ぎているが病気一つしない。毎日しっかり深呼吸をしているよ。たたそれだけで病気一つしないんだ。君たちも心掛けるように。”と云われた言葉が妙に心に引っ掛かっていました。
大学のころには身体も丈夫になり大酒を飲むようになっていました。悪酔いをした時などは、下宿の窓から屋根へ出て、夜空に向かって深呼吸を20分~30分もすると、生気ある自分を発見することを何度となく体験していました。
サラリーマンとして社会人になった時の現場仕事で、職業病ともいうべき腰痛を患ったことがあります。病院に通うもののいっこうに痛みが治まりません。会社を休むのもそろそろ限界に来ています。寝床に入ったまま深呼吸を始めました。深呼吸をしただけでも腰は痛いのですが、騙し騙し深呼吸を続けていると、だんだんと痛みが薄らいできたのです。痛みとの接点を見つめながら、少しづつ身体を動かし夢中で深呼吸を続けました。頭は、ぼーっとして来ましたが腰の具合はとても良いのです。恐る恐る起き上がってみますと、痛みは勿論あるのですが、普通に歩けるのです。この時の嬉しさといったらとっても言葉では表せません。
後になって腹式呼吸という言葉を知りました。何も知りませんでしたが、長い間、ただただ続けていた深呼吸がこれに近いものになっていたことを知ったのです。
子供のころ身体が弱かった僕に気を配ってくれていた母は、僕が風邪を引くと、甘い葛湯にちょっぴり生姜おろしを入れて飲ませてくれました。病気で休学している時は、しょっちゅう牛レバーを買って来ては、焼いたり煮つけにしたり、僕の好みの味付けにして食べさせてくれていました。僕に体力を付けさせようと一生懸命だったのです。
母の影響もあってか、成人になって一人暮らを始めた頃も、大酒を飲みながらも当時としては珍しく圧力釜で玄米を炊いたり、自分流の味噌汁を作ったり、知らず知らずのうちに食に気を使う自分になっていました。
薬をどんどん捨てているのに治っていった子供のときの病気、これを食べて精を付けなさいと言って作ってくれた母の食事、これらが“薬が病気を治すのではない”という思いを僕の心の中に育てていったのでしょう。そして、深呼吸でよくなった僕の腰痛は、この思いを確信に近いものに育ててくれました。
一方、成人して職に就いてから、仕事がどうもアルバイトをしているようで、僕のするべき仕事は他にあるという思いが、中間管理職として仕事をしている頃も、経営者として仕事をしている頃も、ふと頭をもたげてくるのです。いま流行の天職探し(“私は何のために生まれてきたの? 私の使命は?”)でしょうか。この解を求めて、その時々に本を読んだり、宗教の話を聞いたり、詳しい人の話を聞いたり、セミナーに行ったり、瞑想をしてみたり、長年当てもなく探ってきました。そして、ぼんやりと見えてきたものは、人は自分の意志でこの世に生まれてきたらしいということです。
子供のころ病弱だった私は、長年、深呼吸や瞑想を続けてきたせいでしょうか、何回か体外離脱を経験しました。そして感じたことは、間違いなく肉体を離れた自分がいる。人間は、死んでも間違いなく自分という存在はいる。ということでした。自分なりには確信がありますので、人は自分の意志でこの世に生まれてきたらしいということも頷けます。
では、生まれてきた目的は…、生きる目的は…、使命は…、などと問われると、しんどくなってしまいます。スピリチュアル系の人や悟りを求めている人には重要なことなのかも知れませんが…。
最近、こんなふうに感じています。この世に生まれてきたいと望んでいる魂がいっぱいいっぱいいる。しかし、地球のこの世は65億しか受け容れられない。環境が整っても80億~90億しか受け容れられない。そこで、この世以外の魂はチームを作り、代表選手をこの世に調査員として派遣している。代表選手である調査員が僕たちであって、その任務は、この世での体験という情報をリアルタイムに派遣元に報告すること。これによって派遣元の魂全員が、代表選手の体験という情報をリアルタイムに活用できるシステムになっている。
このことから派生してくることは、代表選手である僕たちは、失敗も成功も含めて出来るだけ多くの体験をすることが望ましく、自殺などは職場放棄にも匹敵するようだ。
このように考えてみると、生まれてきた目的も、生きる目的も、使命も、
“ただただ生き切ること”につきるようです。
私の天命も、貴方の天命も、ただただ生き切ること。あるときは夢中に、あるときは呑気に……。
力がぬけて にっこり笑顔
あるがまま なるがまま
今がすべて ここがすべて
ありがとうございます 感謝します
しばし、お付き合いいただきましてありがとうございます。
2007年10月吉日 芳野武人
“心と体と宇宙を結ぶフィットネス”→“バンクシア・フィットネス”の講師(コーチ)をしております。
今日からブログを始めさせて頂きますので、どうぞ、よろしくお願いします。
今日は初日ですので、少し長くなりますがご辛抱ください。
このブログは、バンクシア・フィットネスを受講された方に、気づいたことを出来るだけ早くお伝えしようと思って始めました。何故って、“気づき”にも賞味期限があることに気づいたからです。早ければ早いほど伝わるエネルギーも新鮮なようです。
言わば“僕の気づき帖”とでも思っていただいて、バンクシア・フィットネスを受けておられない方も気楽にお付き合いください。
僕はバンクシア・フィットネスのコーチをしていますが、主に“気”の分野を担当しています。
「え!フィットネスなのに、何で気なのだ! フィットネスというのは健康増進のために体操をするのではないのか!」という声が聞こえて来そうです。
そのとおりなのですが、体操にはエネルギーを消耗する体操と、エネルギーを取り入れる体操があるのをご存知ですか。前者は体操をすると疲れるのに後者は元気になるのです。このエネルギーこそが“気”なのです。バンクシア・フィットネスでは消耗するエネルギーより取り入れるエネルギーが多い体操ばかりを選んでお伝えしています。
“気”は体にアプローチして体からも繋がっていきますが、心にアプローチし宇宙の波動に共鳴しますと簡単に繋がっていきます。
体に“気”がみなぎって来ますと心も落ち着いてきます。そこで、呼吸法や瞑想をやりながら心にアプローチすると、不安のない心の状態が養成されます。
このような体と心の状態を養成しながら、エネルギー順位の最も高い“気”と結びついて“一体化ヒーリング”を行っていきますと、心と体と自分の本体(魂)、自・他、そして宇宙との一体化が養成され、本来の自分を生きていく道に入っていきます。
心と体と魂、そして宇宙を結ぶ大切なエネルギーを古今東西“気”と呼んでいます。
“気”を扱うことは決して難しいことではありません。
何でもそうですが、コツがあります。“気”を扱うにもコツがあります。それは、
①“気”の性質(特質)を知ることが近道です。
②同じ方向性を目指す仲間を作ることです → 共時性(シンクロニシティ)が高まります。
③時代が気を認識したことに気づくことです → 以前出来なかったことが簡単に出来ます。
④楽しみながらやることです。
“エネルギー順位の高い気”は心と身体を自分の本質につなげてくれます。そして、宇宙の根源に繋がっていきます。
これらのことを通して、バンクシア・フィットネスでは、“本来の自分で普段の生活をする”ことが最大のテーマです。同時に時代の要請でもあると感じております。
副産物として、体と心の姿勢が良くなった、存在感が出てきた、いつの間にか気の達人になっていた自分に気づきます。
バンクシア・フィットネスにつきましては、ホームページ(http://www.banksia.co.jp/bf/bf.html)をご覧ください。
また、「気の達人になるコツ」については、㈱トータルヘルスデザイン発行の本(バンクシア・ブックス)、タイトルは長いですが、
“あなたも気の達人になれる バンクシア・フィットネス くらしに活かす心と体の使い方”
のP.39~50ページをお読みください。
㈱トータルヘルスデザインのホームページは、http://www.thd-web.jp/となっております。
今日は、はじめの日ですので長くなりましたが、これからのスタンスとしては、“気づいたことを出来るだけ早くお伝えする”ことを心掛けますので、不定期になります。また、一行だけの日もあるかと思いますが、どうぞお付き合いください。
話は変わりますが、三年ほど前、親しくしている小料理屋の女将から「文集を作るので寄稿してくれないか」と云われて、思いつくままに綴ってみました。綴り終わって読み返してみたら、僕の半生の人生観のようなものになっていました。プロフィール代わりに付けておきますので、よろしかったらご一読ください。
最近、感じること、……あるがまま、なるがまま……
ほっぽうさんに「文集に投稿してください」と云われて、あらためて過去を振り返ってみました。そして思いつくままに、印象として浮かび上がってくるものを綴ってみますので、しばらくお付き合いください。
僕は子供のころ身体が弱くて、小学校六年生(12歳)のとき、肺門リンパ腺結核になり半年間休学しました。そしてその間、運動することも禁止され、当時としては一番つらい、外へ出て遊ぶことを禁止されたわけです。しかし、正々堂々と学校を休んでいられるという喜びで、嬉しくて嬉しくてしかたがありません。そして、母を騙しては外に行って、野球をしたり相撲をしたりして遊んでいました。
また、薬を飲むのが嫌いだった僕は、そっと隠れて薬を半分ほど捨てていたんです。にもかかわらず、病気がどんどん治っていくのを不思議に感じていました。
当時、身体の弱かった僕のことが、母は心配で心配でしょうがなかったのでしょう。受験地獄を避ける為か、母は僕を中・高・大学の揃っているミッションスクールに進学させたのです。
中学では毎日40~50分の礼拝があり、部長先生・聖書担当の先生・ゲストの先生や牧師さん達の説教を聞かされます。聖書や聖書観に基づく神の話が多くて辟易としておりました。ある日、ゲストで来られた先生が“私は60歳を過ぎているが病気一つしない。毎日しっかり深呼吸をしているよ。たたそれだけで病気一つしないんだ。君たちも心掛けるように。”と云われた言葉が妙に心に引っ掛かっていました。
大学のころには身体も丈夫になり大酒を飲むようになっていました。悪酔いをした時などは、下宿の窓から屋根へ出て、夜空に向かって深呼吸を20分~30分もすると、生気ある自分を発見することを何度となく体験していました。
サラリーマンとして社会人になった時の現場仕事で、職業病ともいうべき腰痛を患ったことがあります。病院に通うもののいっこうに痛みが治まりません。会社を休むのもそろそろ限界に来ています。寝床に入ったまま深呼吸を始めました。深呼吸をしただけでも腰は痛いのですが、騙し騙し深呼吸を続けていると、だんだんと痛みが薄らいできたのです。痛みとの接点を見つめながら、少しづつ身体を動かし夢中で深呼吸を続けました。頭は、ぼーっとして来ましたが腰の具合はとても良いのです。恐る恐る起き上がってみますと、痛みは勿論あるのですが、普通に歩けるのです。この時の嬉しさといったらとっても言葉では表せません。
後になって腹式呼吸という言葉を知りました。何も知りませんでしたが、長い間、ただただ続けていた深呼吸がこれに近いものになっていたことを知ったのです。
子供のころ身体が弱かった僕に気を配ってくれていた母は、僕が風邪を引くと、甘い葛湯にちょっぴり生姜おろしを入れて飲ませてくれました。病気で休学している時は、しょっちゅう牛レバーを買って来ては、焼いたり煮つけにしたり、僕の好みの味付けにして食べさせてくれていました。僕に体力を付けさせようと一生懸命だったのです。
母の影響もあってか、成人になって一人暮らを始めた頃も、大酒を飲みながらも当時としては珍しく圧力釜で玄米を炊いたり、自分流の味噌汁を作ったり、知らず知らずのうちに食に気を使う自分になっていました。
薬をどんどん捨てているのに治っていった子供のときの病気、これを食べて精を付けなさいと言って作ってくれた母の食事、これらが“薬が病気を治すのではない”という思いを僕の心の中に育てていったのでしょう。そして、深呼吸でよくなった僕の腰痛は、この思いを確信に近いものに育ててくれました。
一方、成人して職に就いてから、仕事がどうもアルバイトをしているようで、僕のするべき仕事は他にあるという思いが、中間管理職として仕事をしている頃も、経営者として仕事をしている頃も、ふと頭をもたげてくるのです。いま流行の天職探し(“私は何のために生まれてきたの? 私の使命は?”)でしょうか。この解を求めて、その時々に本を読んだり、宗教の話を聞いたり、詳しい人の話を聞いたり、セミナーに行ったり、瞑想をしてみたり、長年当てもなく探ってきました。そして、ぼんやりと見えてきたものは、人は自分の意志でこの世に生まれてきたらしいということです。
子供のころ病弱だった私は、長年、深呼吸や瞑想を続けてきたせいでしょうか、何回か体外離脱を経験しました。そして感じたことは、間違いなく肉体を離れた自分がいる。人間は、死んでも間違いなく自分という存在はいる。ということでした。自分なりには確信がありますので、人は自分の意志でこの世に生まれてきたらしいということも頷けます。
では、生まれてきた目的は…、生きる目的は…、使命は…、などと問われると、しんどくなってしまいます。スピリチュアル系の人や悟りを求めている人には重要なことなのかも知れませんが…。
最近、こんなふうに感じています。この世に生まれてきたいと望んでいる魂がいっぱいいっぱいいる。しかし、地球のこの世は65億しか受け容れられない。環境が整っても80億~90億しか受け容れられない。そこで、この世以外の魂はチームを作り、代表選手をこの世に調査員として派遣している。代表選手である調査員が僕たちであって、その任務は、この世での体験という情報をリアルタイムに派遣元に報告すること。これによって派遣元の魂全員が、代表選手の体験という情報をリアルタイムに活用できるシステムになっている。
このことから派生してくることは、代表選手である僕たちは、失敗も成功も含めて出来るだけ多くの体験をすることが望ましく、自殺などは職場放棄にも匹敵するようだ。
このように考えてみると、生まれてきた目的も、生きる目的も、使命も、
“ただただ生き切ること”につきるようです。
私の天命も、貴方の天命も、ただただ生き切ること。あるときは夢中に、あるときは呑気に……。
力がぬけて にっこり笑顔
あるがまま なるがまま
今がすべて ここがすべて
ありがとうございます 感謝します
しばし、お付き合いいただきましてありがとうございます。
2007年10月吉日 芳野武人


